東京高等裁判所 昭和56年(ネ)2030号 判決 1983年2月28日
控訴人・附帯被控訴人(被告)
福島勇作
ほか一名
被控訴人・附帯控訴人(原告)
三宅得二郎
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
1 控訴人らは、各自、被控訴人に対し、金一五四万七八〇〇円及びこれに対する昭和五〇年一一月二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 被控訴人のその余の請求を棄却する。
二 本件附帯控訴を棄却する。
三 訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分し、その一を控訴人らの負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
事実
一 当事者の求めた裁判
1 控訴人ら
「(1)原判決中、控訴人ら敗訴の部分を取消す。(2)右取消にかかる部分について、被控訴人の請求を棄却する。(3)本件附帯控訴を棄却する。(4)訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決。
2 被控訴人
「(1)本件控訴を棄却する。(2)原判決中、被控訴人敗訴の部分を取消す。(3)控訴人らは被控訴人に対し、連帯して、金七九四万六五〇〇円及びこれに対する昭和五〇年一一月二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。(4)訴訟費用は第一、二審とも控訴人らの負担とする。」との判決、並びに右(3)についての仮執行の宣言。
二 当事者の主張
1 被控訴人の請求原因
次のとおり補正のうえ、原判決事実摘示第二項の記載(原判決二丁表一〇行目から七丁表二行目まで)を引用する。
(一) 原判決二丁裏三行目の「区分」を「態様」と、同行の「前部右側中破」を「、加害車の正面衝突」と、三丁表一〇行目の「被害者」を「被害車」と、それぞれ訂正し、同裏八行目から九行目にかけての「被告等は民法第七一九条により連帯して」を削除し、同九行目の「損害」の次に「(ただし、控訴人勇作については被害車修理代金を除く。)」を付加する。
(二) 同四丁表八行目の「物損」を「被害車修理代金」と改める。
(三) 同六丁表六行目から同裏六行目までを「被控訴人は、控訴人喜作から前記被害車修理代金六七万四二五〇円の支払を受けたほか、控訴人らからその余の損害金のうち、合計金四〇六万〇九七〇円の支払を受けた。」と改める。
(四) 同六丁裏八行目の「被告」から一〇行目「けたから」までを「、本件事故に基づく損害の賠償として、控訴人らに対し、物損(被害車の破損による損害)を除く前示損害金の」と、同七丁表二行目の「の支払」を「を連帯して支払うこと」と、各改める。
2 請求原因に対する控訴人らの認否
原判決七丁表四行目の「(一)、(二)」から六行目の「事実」までを「(三)は否認するが、その余」と、九行目の「車両」を「の加害車」と、末行の「被告車」を「加害車」と、それぞれ訂正し、同裏七行目以下を削除したうえ、同判決事実摘示第三項の記載(原判決七丁表三行目から同裏一〇行目まで)を引用する。
3 控訴人らの抗弁
(一) 原判決九丁表四行目の「本件事故車両」を「加害車」と改めたうえ、標題部を除く同判決事実摘示第四項二の記載(原判決九丁表四行目から八行目まで)を引用する。
(二) 被控訴人は、昭和五三年一〇月二三日、控訴人らとの間において、本件事故に関し、後遺症に基づく逸失利益を除く損害についての賠償請求はしない旨の示談契約をした。
(三) 原判決一〇丁裏四行目の「の運転車」を「運転の加害車」と、七行目の「確認」から末行の「もとより、」までを「確認したのであるから、右加害車の動静を注視し、少くとも減速走行することにより、」と、同一一丁表二行目の「進行した」を「被害車を運転した」と、各改めたうえ、標題部を除く同判決事実摘示第四項四の記載(原判決一〇丁表九行目から一一丁表二行目まで)を引用する。
(四) 控訴人喜作は被控訴人に対し、本件事故により破損した被害車の修理代金として金六七万四二五〇円を支払つた。また、被控訴人に生じたその余の損害の賠償として、控訴人らは被控訴人に対し合計金四三〇万七四七〇円を支払つた。
4 抗弁に対する被控訴人の認否
控訴人らの抗弁(一)ないし(三)はいずれも争う。
同(四)の事実は、被控訴人が控訴人喜作又は控訴人らから、本件事故に基づく損害の賠償として、被害車修理代金六七万四二五〇円を含め、合計金四七三万五二二〇円の支払を受けた限度でこれを認めるが、その余を否認する。
三 証拠関係〔略〕
理由
一 昭和五〇年一一月二日午後五時二〇分ごろ、埼玉県東松山市大字毛塚四〇八―一先県道において、同県道を坂戸市方面から熊谷市方面に向けて進行中の控訴人喜作運転の加害車(普通乗用車・埼五五み八五五一号)が被控訴人運転の被害車(普通乗用車・埼五五て三三八七号)と衝突する本件事故が発生したことは当事者間に争いがないところ、当裁判所も、控訴人勇作は自賠法三条に基づき右事故により被控訴人に生じた人的損害を、控訴人喜作は民法七〇九条に基づき同じく被控訴人に生じた人的並びに物的損害を、それぞれ賠償すべき責任があり、控訴人勇作は加害車についての運行供用者としての地位を喪失したという趣旨の同控訴人の抗弁、及び過失相殺を主張する控訴人らの抗弁はいずれも失当として排斥を免れない、と判断するものであつて、その理由は、次のとおり補正するほか、原判決理由第二項の説示(原判決一二丁表八行目から一四丁表五行目まで)と同じであるから、これを引用する。
1 原判決一二丁裏一行目から二行目にかけての「(但し後記措信し難い部分を除く)」を「(原審)」と、四行目の「車両」を「加害車(加害車が控訴人勇作の所有に属することは後記のとおり当事者間に争いがない。)」と、同一三丁表五行目の「これを見て」から一〇行目までを「対向車線内を坂戸市方面に向けて進行してきた被控訴人運転の被害車の右前部に加害車の右前部を衝突させたものである。他方、被控訴人は、センターラインを越えて走行する加害車を認め、被害車を道路左端に寄せて急制動の措置をとつたが、右衝突を回避するに至らなかつたものである。」と、それぞれ改める。
2 同一三丁裏六行目の「道路最左端に避譲してい」を「被害車を道路の左端に寄せ、急制動の措置をとつ」と、七行目の「被告喜作」を「加害車」と、八行目の「その他」から九行目までを「他に、被控訴人に被害車運転上の過失があつたことを認めるべき証拠はないから、控訴人らの右過失相殺の主張(抗弁)は理由がない。」と、各改める。
3 同一三丁裏一〇行目の「本件加害車両」及び同一四丁表二行目の「本件車両」をいずれも「加害車」と、三行目の「いず、他に立証がない以上」を「いないものと解されるので、運行供用者としての地位を喪失した旨の控訴人勇作の主張(抗弁)は採用できず、」と、四行目の「と解するのが相当であり、」を「責任を免れず、」と、各改め、五行目の「生じた」の次に「人的」を加える。
二 次に、本件事故によつて被控訴人が被つた損害について判断する。
1 (人的損害)
(一) 本件事故のため被控訴人が負傷したことは当事者間に争いがないところ、弁論の全趣旨により成立を認める甲第五号証、成立に争いのない乙第一号証の八、第三、第四号証、第六号証の一ないし二二、第七号証の一ないし一二、第八、第九、第一八、第一九号証、原審鑑定証人山根宏夫、同松原英多の各証言並びに原審における被控訴人本人尋問の結果(第一、二回)を総合すると、以下の事実が認められ、これら認定を覆すに足りる証拠はない。
(1) 被控訴人は、本件事故により右第六肋骨々折、前胸部打撲、顔面挫創の傷害を被り、直ちに東松山整形外科病院に収容され、昭和五〇年一二月一五日まで入院して治療を受けた。
(2) 被控訴人は昭和五〇年一二月一五日、自宅近くの豊岡第一病院に転入院したが、その直前ごろから頭痛、頭重、耳鳴り、胸部圧迫感、上・下肢の知覚異常等、さまざまな症状を訴えるようになり、頸部捻挫の診断を受けた。そして以後、同病院においては主として頸部捻挫に対応する治療が施された結果、被控訴人の右症状は次第に軽減し、昭和五一年一月二四日、同病院を退院した。なお、被控訴人は、退院後も耳鳴り、頭重感等を訴えて、同年九月ごろまでは同病院に、次いで昭和五二年七月ごろまではエビス診療所に、それぞれ時折り通院して治療を受けたが、昭和五六年五月当時においても前額部が締めつけられるような感じがしたり、耳鳴りを感じたりすることがある。
(3) 被控訴人には、右(2)記載の諸症状に対応する他覚的所見はなく、それらは本件事故による前記(1)の傷害を契機として発生した心因性の後遺症であるが、その発現については被控訴人の精神的素因、過去の生活史等が多分に寄与しているものである。
(二) そこで、以下、右認定の事実関係に基づき、被控訴人主張の各費目ごとにその損害の有無と数額を検討する。
(1) 治療費
弁論の全趣旨とこれにより成立を認める乙第五号証の一、二によれば、被控訴人の治療に要した費用は、東松山整形外科病院、豊岡第一病院、エビス診療所のそれぞれの分を合わせると、少くとも金二七四万六五〇〇円を下らないが、そのうちには前示後遺症のための治療費が含まれることが認められる。そして、さきに認定したところからすれば、本件事故と右後遺症との間に事実上の因果関係が存在することは否定できないが、その後遺症は、被控訴人の精神的素因等が寄与して発現した心因性の反応であるから、この点を考慮し、諸般の事情に照らして右寄与の度合いを二〇パーセントと推認したうえ、前認定の治療費のうち、その八〇パーセントにあたる金二一九万七二〇〇円にかぎり、本件事故と相当因果関係のある被控訴人の損害に該当すると認めるのが相当である。
(2) 入院付添費
前示乙第五号証の一及び弁論の全趣旨によると、被控訴人は、東松山整形外科病院入院当初の約二〇日間、職業的付添人に付添看護を依頼し、その費用として金一二万四四七〇円を支払つたこと、その間、被控訴人は付添看護を要する状態にあつたことが認められるところ、右期間中の治療が本件事故による直接的な傷害のためのものであつたことは前認定のとおりであるから、右金額の全額について、本件事故と相当因果関係のある損害にあたることを肯認できる。
しかしながら、右期間経過後においてもなお、被控訴人が付添看護を要する状態にあつたこと、近親者等が実際に被控訴人に付添つたことを認めるべき証拠はないから、被控訴人主張の「近親者付添費」に相当する損害の発生を認めることはできない。
(3) 入院雑費
被控訴人が昭和五〇年一一月二日から昭和五一年一月二四日までの前記八四日の入院期間中、一日につき少くとも金五〇〇円、合計金四万二〇〇〇円の雑費を支出したであろうことは弁論の全趣旨により推認できるが、前示(1)と同じ理由で、右合計金額からその二〇パーセントを控除した金三万三六〇〇円の限度で本件事故と相当因果関係のある損害にあたることを肯認すべきである。
(4) 休業損失
前認定の入院、通院等のため、被控訴人の実際の収入に影響があつたこと、及びその数額のいかんを認めるべき証拠はないから、被控訴人主張の「休業損失」の発生は認めがたい。
(5) 逸失利益
成立に争いのない甲第一号証、原審証人森敏夫、同藤山幸彦の各証言、及び前示被控訴人本人尋問の結果(第一、二回)によると、本件事故当時、被控訴人は、土木・建築関係の技術幹部(一等空佐)として航空自衛隊に勤務していたものであり、昭和五一年一〇月に迎える定年退職後は土木・建築関係の民間会社への再就職を希望し、同自衛隊の人事担当者(「人事援護室)」に対してそのあつせんを依頼していたが、昭和五一年七月に至り、本件事故のため体力に自信を失つたとして、右希望職種の変更を申し出た結果、変更後の希望どおりのあつせんを受け、定年と同時に損害保険会社の損害査定部門に就職したことが認められる。しかしながら、さきに認定した被控訴人の自覚症状を前提とするにしても、昭和五一年七月当時又はそれ以後において、客観的にみて、その症状が土木・建築関係の民間会社への就職の妨げとなるような程度・性質のものであつたことを認めるに足りる証拠はないから、被控訴人が右のような会社に再就職しなかつたことと、本件事故との間の相当因果関係を肯認することはできないというべきである。したがつて、前示認定の被控訴人の後遺症は、慰藉料算定のための事情として考慮されるべきではあるけれども、これによる財産上の損害の発生を認めることはできないといわざるを得ない。
(6) 慰藉料
本件事故の態様、被控訴人の被つた傷害、後遺症の程度・性質、その他諸般の事情を考慮すると、被控訴人に対する慰藉料としては金三五〇万円が相当と認められる。
2 (物的損害)
成立に争いのない乙第一号証の一、同号証の二の一ないし五、同号証の五及び弁論の全趣旨によると、本件事故により被控訴人運転の被害車は、その右前部が破損し、修理代金として金六七万四二五〇円を要したことが認められ、この認定に反する証拠はない。
三 以上により、被控訴人に対し、控訴人勇作は金五八五万五二七〇円、控訴人喜作はこれに被害車修理代金を加えた金六五二万九五二〇円の損害賠償債務を負担するに至つたものというべきところ、控訴人らは、被控訴人の後遺症に基づく逸失利益によるもののほかは、被控訴人と控訴人らの間に、右損害賠償債務についての示談契約が成立した旨を主張する。そして、成立に争いのない乙第一二号証(「示談書」と題する書面、甲第四号証も同一)には右主張に沿う記載がある。しかし、その書面には、前記物的損害に関する記載がないうえ、当審における控訴人喜作本人尋問の結果、並びに弁論の全趣旨によると、同書面は、加害車にかかる自賠責保険の保険者である保険会社関係者の求めにより、控訴人ら(控訴人勇作の分は同喜作が代行)と被控訴人代理人(本件訴訟代理人)が別個に署名押印したことにより作成されたものであり、控訴人らと被控訴人、或いはそれぞれの代理人の間で、本件事故による損害賠償についての交渉がもたれたことはない事実が認められ、これらの事実関係からすれば、右書面は、その作成時点において、自賠責保険金の支払を受ける便宜のため作成されたにすぎないものと推認できる。なお、他に控訴人ら主張の示談契約の成立を認めるべき証拠はない。したがつて、この点に関する控訴人らの抗弁は採用できない。
最後に、控訴人らの弁済の抗弁について検討するに、被控訴人が前認定の物的損害全額の填補を受けたことは当事者間に争いがなく、前示乙第五号証の一、二、第一二号証、並びに弁論の全趣旨によると、被控訴人は、前記人的損害の填補として、その自認する金四〇六万〇九七〇円を超える金四三〇万七四七〇円相当の自賠責保険金を受領したことが認められる。したがつて、これを控除すると、右損害の残額は金一五四万七八〇〇円となる。
四 そうすると、被控訴人の本訴請求は、本件事故による人的損害の賠償として、控訴人らに対し、各自、金一五四万七八〇〇円とこれに対する右事故の日である昭和五〇年一一月二日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める限度において理由があり、認容すべきであるが、その余は失当として排斥を免れない。
よつて、本件控訴に基づき、これと結論を異にする原判決を右の趣旨に変更し、本件附帯控訴は理由がないのでこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 枇杷田泰助 奥平守男 尾方滋)